りがくぶ!?〜はいすくーる☆でいず〜後編

前編:id:hoshimi_etoile:20091223

 二人の間の会話が切れる。
 そんな二人の間に一陣の風が通り抜けた。靡いた紙をとかしつつ空を見上げる。済んだ青空に枯れ葉が舞っている。
 冬…か。
 授業中に感じた感傷を再び感じる。わたしにとっていつもの冬はただ寒く、冷え性なわたしにとってただ憂鬱な季節であったが今年は意味合いが違う。高校三年生。卒業の年だ。この冬が明けて春を迎えたらわたしはこの高校を去らなければならない。よく小説や漫画で高校の卒業は感慨深い情景として描かれるがこれまではピンとこなかった。小学校の卒業式では級友と分かれなければいけなくてもちろん泣いたが、中学の卒業式はわたしの高校が中高一貫だったためになんの感慨ももてなかった。でもこの季節が来て、はじめてその気持を身を持って感じている。
 この高校を離れたくない。
 かというとそれはそれで微妙なところだ。高校という教育環境は義務教育ではないとはいえ、自分がさほど興味がない分野の勉強を強制的にやらされる環境であり、自分の興味分野に裂ける時間が相対的に減る。そして大学受験というこれまた義務ではないが半ば義務となっているイベントのせいでさらに減る。大学に入学すればその環境もかわるであろう。好きな時間に好きな勉強、遊び…とまではいかないまでもある程度の自由は認められるだろう。それを考えると今の環境がずっと続くのもいかがなものかな、と思う。
 一方で三年、中学校も含めて六年も通い続けたこの学校をさるのはやはり後ろ髪をひかれるものがある。部活もずっとやっていたし、親しくなった友達や先生、後輩もいる。その人々と共有していた環境を離れなければならないのはやはりつらい。
 この複雑な、入り交じった感情が『感傷』なのかな?とか思う。
「ほしみん」
 マナの声に横をみると、マナの食事をする手が止まっている。マナは箸を置くと真剣な眼差しでわたしを見る。
「あたしと離れるの、寂しい?」
 !?
 頭の中が一瞬ホワイトアウトする。
 直後にいろいろな不可解な疑問が頭の中を駆け巡る。そしてかろうじて出てきた言葉が
「こ…告白?」
 まさかの百合フラグ?女子高って話にはそういうこともないわけではない、みたいな話、聞いたことあるけれどマナがそんな感情を持ってたなんて?え?
「ある意味そうかな。ねえ。寂しい?」
 マナはさらにそう言ってわたしに詰め寄った。
 確かにわたしに興味を持って近づいてきたのはマナの方で、もちろんわたしもいろいろな意味で彼女に興味を持ってたから(マナは色々な伝説の持ち主なので)親友になるのは早かったけれど…え?でも?
「い、いやそりゃもちろん寂しいけれど…ど、どうしたのよいきなり」
 ひたすら当惑し続けるわたし。しかしそんな様子に気付かずにマナは続けた。
「あたし、ほしみんと同じ大学、行かないかもしれない」
「…え?」
 再びホワイトアウト
「京大(けいだい)いくのやめるの?」
「うん」
 小さく頷くマナ。午前中の授業の自信満々な表情とは打って変わって神妙な面持ちだ。マナの本気が伺える。その様子に打ちのめされる。確かに告白だ。でも勿論意味が違う。ただのわたしの勘違い。舞い上がっていたわたしがバカみたいだ。
 わたしもマナも女の子としては珍しいことだけれど理学志望だ。マナは既知の通り数学志望。わたしは、というと当然彼女には太刀打ちできないであろうことは身を持って知っているので数学を一緒にやっていく気はさらさらないのだけれど、物理に関しては気持ちだけは負けない自信がある。私の両親はわたしに、美しい星とかいて『星美』と名付けた。残念ながら星を見上げる事自体にはあまり興味はなく星座もオリオン座や北斗七星、カシオペア座くらいしか見分けがつかないのだけれど、星や宇宙の創世には興味があった。天体核と呼ばれる物理の分野のひとつらしい。そんなわけで中学の頃からなんとなく「理系なんだろうなぁ」と思っていたし高校に入ったら「あたしが物理をやらないで誰がやる?」だなんて思っていた。いや、そんなに成績がよいわけじゃないけどね。
 そんなふうに思ってた矢先に数学界の申し子と崇められているマナと仲良くなった。そして仲良くなったあと、二人でときおり将来の話になったおりに、「数年後は二人で京大で理学やってる気がする」「確かにw」みたいなやりとりをしていたのだ。なのになぜ?
「じゃあ東大(あずまだい)に行くの?それとも海外?」
 マナに関しては海外の推薦もありえないわけではなかった。それほどの実力を持っている。
「東大」
 マナはぼそっといった。
 どうしてだろう?
 東大の方が優れた分野は多い。完了も排出しエリートコースなのは間違いない。素晴らしい大学なのは間違いないのだ。しかし理学に関してはその限りではない。理学のノーベル賞は京大の方が多い。特に数学に関しての世界の大学ランキングは二位だ。国内でそれ以上の大学はない。学問する環境として最高だろうになぜ。
「どうして?」
 そう訊ねたわたしの声は心なしかかすれていた。そうたずねるのでさえやっとであった。ショックは大きい。
「今朝、先生に、東大を受けるように言われた」
「な、なに言ってるの?先生に何言われたってあんたの人生じゃない。学校選ぶことに口出すとか、大きなお世話じゃないの!!!」
 怒気をはらんだ声をあげ地団駄を踏んだ。乾いた音が響く。そんなわたしを穏やかな目で見つめるマナ。
 話を聞くにこういことであろう。わたしやマナの通うこの女子高は県内トップの私立高である。当然県内ではトップレベルの入試をくぐり抜けた優秀な生徒がいるわけである。で、『県内トップ』という称号は何で得られるかというと有名国立大学の合格者人数なわけである。だからひとりでも多くの合格者を出したいのが教師達の本心である。実のところ東大も京大も国立大なわけで条件は十分パスしている。はずである。
 が、同じ合格者数だった場合に東大の方が対外的に見ると評価される傾向が強いため、どうせどちらにも合格する実力を持っているのな
ら東大を受けろ。そういうことである。
「マナはそんな基準で大学を選ぶの?数学好きなんじゃないの?」
「東大にも素晴らしい先生は沢山いるよ?」
 東大には解析概論という数学のバイブルを著した教授がいた(故)の
も事実である。
「たしかにそうかもだけど、あたしがいるじゃない」
「それは決定的な理由にはならないよ」
 二人の間に風が吹く。この風邪は二人を引き裂こうとしているのかも
しれない。
「じゃあなんで!」
「あたしにとって東大も京大もわりと同じくらいな評価なんだ。だけど先生が東大にうかったら奨学金免除の推薦状を出してくれるって」
 つまり判断に迷っていたところを金で釣ったのだ。
「そんなの卑怯よ!!!」
「もちろん最後に結論出すのはあたしよ」
「っ!!!」
 言葉が詰まる。
「自分で結論がでてるのね」
「うん。やっぱり学費免除は生活にかかってるから無視できない。東京でも京都でも結局下宿になるから両親への負担、かなりかかるだろうから」
「そう…」
「うん…」
 お金のこととなるとわたしもいうことができない。家庭の事情だ。なぜ東大の場合は推薦状を出して京大の場合は推薦状を出さないのかと憤る部分もあるが、高校側にも事情があるのだろう。納得いかないがわたしは第三者だ。
 少し目頭が熱くなる。マナとは大学へ行っても別れないものだと思ってたけど想像以上に別れは早かった。
 涙をこぼさないように、見えないように、上を見上げる。そして背中を押す決意をするのだ。気丈を装ってマナに向かって言った。
「自分で決めたなら仕方ないわね。東京は人多くて大変だって聞くけれど頑張んなさいね!」
「うん!」
「変な人についていかないでね!!」
「うん!!」
「ちゃんとした女の子みつけて食わせてもらいなさいね!!!」
「うん!!!」
 マナとお互いに視線をあわる。そしてニッとするのだ。マナもわたしも女同士だが、いっそ男らしい関係なのかもしれない。二人は視線を弁当に戻すと無言でお弁当を平らげた。


 冬はあっという間だった。
 土下座先生(マナに国語を勉強するように懇願した先生。それ以来土下座先生というあだ名がついてしまったらしい。)はこりずにマナに国語をどうか勉強するように土下座し続けている。しかし断固として勉強しないマナ。そんな日常(非日常?)も過ぎ、自由登校期間に入る。
 自由登校期間とは、授業がなくなり、自由に登校し自習できる期間である。1月に入ると入試が始まるため投稿する生徒が一気に減る。寂しい季節だ。正直合格圏内ギリギリのわたしは一切通わず家にひきこもって勉強しては悶絶する日々を繰り返していた。マナともしばらくあっていない。
 無事インフルエンザにもかからず、センター試験を迎えることができた。久々にマナと会う。願書はやはり東大に出すらしく、それを聞いて彼女が去ったあとで肩を落とした。
 京大はセンター試験はほとんど関係ないのであまり気にしていなかったが、風の噂でマナは8割3分だったらしい。ギリギリの点数だが東大受けるにはなんとかなる点数である。マナの場合は本試が抜群なため、なんだかんだいって受かるんだろうと思うとやっぱり落胆した。
 本試験当日。試験会場でマナの脳天気な姿が無いか無意識のうちに探す。がやはりというか当然というか見つからずガックリと肩を落とす。
 ううん。わたしには他人を気遣うほどの余裕は無いはず。ここでしっかりしないと。
 詳細の出来具合はおいておいて、数学に関しては自分でも驚くほどのできであった。未だかつて無いできで、満点ちかくとれたうえで30分余っておろおろするという状態。他も人並みにはとれた自信がある。

…うかったんじゃないかな?

 慢心するのはまだ早い。後期試験は東大に出願してある。落ちてる可能性であって当然あるわけで、試験が終わったあとも受験生は勉強しなければならない。
 忙しい日々が続く。国立大学の合格発表は3月の10日前後で、卒業式は3月6日であった。そのため合格発表の前に悶々としながら卒業するという国立大志望の生徒にとっては微妙な卒業式なことで有名であった。
 卒業証書を手にクラスで記念撮影を終えたあとわたしはマナと二人になった。
「東京に行ってもあたしたち、友達だからね!!!」
「うん、そうね」
若干煮えきれないマナの反応に小首を傾げるも手を差し伸べてきたマナの手を私はしっかり握る。
「まともなもの食べるのよ!」
「ほしみんそればっかり」
「それくらいあんたの食生活は見てる者を不安にさせるのよ」
「善処するわ」
「どうせ無理なこと目に見えてるからはやくあんたを養ってくれる誰かを見つけることね」
「何を失礼な」
「何をいまさら」
二人で視線をかわしてニヤリとする。
「じゃあ、またね」
「また!ね!」
そのまたが遠い『また』なことを二人は知りながら二人は『別れ』を告げた。







春。






桜は満開とはいえ、暖かかったり寒かったりと一日の寒暖が激しい。
わたしは厚手のコートに身を包んで京大正門の前に立っていた。
わたしは無事、第一志望の京大に受かることができた。
合格発表時喜ぶと同時に、マナと一緒にキャンパスライフを過ごすことはないんだと落胆したものである。
もしかしたらマナに恋してたのはわたしの方なのかもしれないな。
だなんて思ったりもしたけれどそれはそれ。やはり大学は心機一転、新しい友達を作って新しい生活をすべきである。いつまでもくよくよしていても始まらない。
わたしは新品のスーツを身にまとって入学式会場である体育館へと向かった。
「…ん」
誰か聞き覚えのある声がした気がした。
「?」
わたしの同級生の何人かはこの大学に受かっているのでもしかしたらそのひとりかもしれない。わたしは周りを見渡す。特に見当たらず足をすすめる。
「…しみーん」
だんだん声が大きくなる。今度こそ幻聴ではない。方角に目星がつきそちらへと眼をやる。



そこには身長低め、ツインテールのまな板娘が立っていた。