hoshimi、「ナルニア国物語第一章」をみる。あと「ほしのこえ」もみる

どこのファンタジーだと思ってたんだけど、最初第二次世界大戦学童疎開からはじまって吃驚。心の描写とか哲学とか抜きにして単純にファンタジーとして面白かったです。グラフィックに関しても「ああ、グラフィックだ!この技術すげぇ!」とか特におもわずながすことができて僕としては満足です。映像得点で、牛人間(オリオンとかの種類か?)の人たちの撮影風景が面白かったですね。下半身が緑色のタイツにマーカー(3Dグラフィックのスケルトンの位置とマーカーの位置を合致することで重ねて描画するんだと思う)という状態で戦ってるのだから楽しいですね。(グラフィック見る立場としてw)
なんかどうも魔女の印象がビミョウだったんだけどまあよしとしませう。

ほしのこえ、は独特の映像作品ですね。「お互いの距離(光年レベル)」と「お互いの時間」が少しずつ開いていく、その状況に置けるお互いの思いの交錯がなんともいえず切なさをさそいます。

…が、つっこみどころも沢山。

1、なんで女子高校生が(いくら能力値が高いとはいえ)機動戦士にのるのか?そして機動戦士にのりつつもなんで制服のままなん?
2、2048(ちがうかも)年なのにいやにメールが原始的。確かに光年だとお互いに言葉が届くのに時間が距離(光年)に応じた時間かかるから電話は無理だというのはわかるけど、たとえば映像を送るとかもっと他に方法あるんじゃね?せめて携帯以外に写真ぐらいもとうよ、彼女!
3、つーか機動戦士である必要がない気がする。距離と時間の比例に応じた心の交錯はすごくいいと思うけど、女の子が高校の制服来たまま機動戦士で謎の怪人と戦う、という設定があんまりいかされていないというか意味が分からないというかなんというか。
4,相対性理論によると光速に近い速度で移動すればするほど、中での時間は外に対して遅く進むわけで、たとえば彼女が光速でワープしてシリウスにいって帰ってきたとして、まあ最短8光年あるわけだから帰ってきたら16年たつわけですが、彼女の方は年をとらずにかえってきます。彼の方は歳をとっております。同じ歳で一緒につきあっててもかえってきたら16年の時間の差があるわけですよ。そういうのって切ないけどそういうのも描写できたら面白かったなぁとか思ったり。(まあ相対性理論の説明をしていたら説明っぽくなっちゃって興ざめするからやらなくて正解だと思うけどw)

こういうのってつっこんじゃいけないのかな。
まあ私の意見にむかついたら聞かなかったことに(見なかったことに)してください。

最近映画や漫画を読むとき、「どこが、どうして、なんで面白いのか」「シナリオのどこにこの作者(監督?)のオリジナリティ(=良さ)があるのか」をメモするようにしております。別に批評家とかになるわけじゃないんだけど、そういうの意識した方が色々と比較できておもしろいということに気がついたわけですよ。とりあえず「SAYURI」も借りたので見ようと思います。あとナルニア国物語、小説で読もうかなぁ。