Zeit:プロローグ

> 第一章、第一幕 id:hoshimi_etoile:20080328#1206719621

プロローグ

 ここはどこだ?
 どこを見渡しても木ばかり。針葉樹が生い茂っている。薄暗い。
 人の気配は一切無い。道路どころか獣道でさえ無い。完全に人の手が入っていないところのようだ。
 そんなところに一人投げ出されている自分。俺は遭難したのか?
遭難した場合は無理して移動するよりはなるべく場所を動かないで救助が来るのを待つのが鉄則だ。しかしそれは今の状況に果たして適用されうるのだろうか?誰も、自分でさえも意図していない土地に来ているのに誰が救助に来るのだろうか?
 否。
 ならば少しあたりを見てもう少し情報を収集すべきだ。いや、その前にこれまでの経緯をまとめて考え直すべきだ。そもそもさっきまで何をしていて、それから今にどうやって至ったんだっけ。


 俺は朝永 しん。18歳。
 大学受験を目前に控えた高校三年生。そう。来年の二月には本命の京都にある国立大学の受験が控えている。さっきまで俺は大学のオープンキャンパスに来ていた。キャンパスを一通り歩いて回ってカフェテリアや研究室見学、そして時計台で研究紹介のセミナーを受けて・・・帰ろうかと思ったんだが。あいつのところに行こう、なんて思いついたのがいけなかったのかもしれない。気を失ったのもあいつの研究室で、だ。
 あいつ。
 俺の親父。朝永真一。京都大学物理学第一教室、時空間研究所所長、朝永教授。肩書きは無駄に長いが要は物理学者だ。あいつは研究命で、息子の俺のことなんかどうでもいいらしい。あまりにも相手にしないんでさすがのお袋も堪忍袋の緒が切れた。そして当然のように離婚。それが、俺が中学の時。
 特に高校になってあいつは東大から京大に引き抜きにあって京都に住むようになったから、一切会っていなかった。別に寂しくなんかない。幼い頃からあいつと会うのなんて二月に一回あれば多い方。しかも洗濯物を研究室から持って帰ってくるだけ。食事をしても無言。俺の顔なんてみやしない。ま、俺もそんなあいつには慣れてたし、平気だったけどね。
 いくらオープンキャンパスで大学を見に東京から京都に出てきたからってあいつを訪れる気なんか無かった。一切ね。あいつのことは特に意識していなかった。のんびりとキャンパスの雰囲気を楽しんで南から薬学部、医学部、教養学部。時計台に法学部、経済学部、教養学部、工学部・・・そして北部のキャンパスと歩いていた。そこで時空間研究所って文字を見るまでは俺はあいつのことを意識さえしてなかった。それまでは。
 普段だったらそこでそんな思いつき・・・そう、あいつが働いている研究室を見に行こう、なんて思いつきもしなかった。でもそのときはあこがれの京大を見て気持ちがゆるんでいたんだろうな。深く考えずに足が向いてしまった。


 オープンキャンパスだから、研究室紹介のために実験室を開放しているかも・・・なんて思ったりはしない。あいつは自分が研究できればいいやつ。後学の連中に気をかけるようなマネは絶対ありえない。だから、今日も人を閉め出して実験に没頭しているに違いない。
 朝永真一、というネームプレートが書かれた研究室の入り口に立つ。
 二回、三回、深呼吸をし、息を整える。
 ノックをする。
 数秒待つ。返事がない。
 もう一度ノックする。
 すると中から「はい」という女性の声が聞こえる。俺はその声を確認するとドアを開けた。
「失礼します」
 返事をくれたのは、どうやら研究室の事務をしている女性のようだ。この部屋にいるのはどうやら彼女だけのようだ。
「どういったご用件でしょうか?」
 柔らかい物腰で訪ねる。
「こちらの研究室は朝永研究室で間違いないでしょうか?」
「ハイ・・・あ、もしかしてオープンキャンパスで来られた方ですか?」
俺の顔を覗いて検討をつけたようだ。もしかしたら俺以外にもここを訪れた高校生がいるのかもしれない。
「ごめんなさいね。うちの研究室、オープンキャンパスでも公開してないんですよ。今日も実験中でして」
軽く笑って応答する。ま、ここまでは予想済みだ。あいつが学生のために研究室を公開するなんていう気の利いたことをするハズがない。
「実は、俺、朝永しんと申します。」
「ともなが、しんさん、ですか?・・・つまり先生の息子さん?」
「えぇ。一応」
苦笑いして答える。一応?と首を傾げる事務さん。でも特に詮索する気はないようだ。
「息子さんなら・・・いいわよね?」
独り言をつぶやく。答えがなんとなくわかるような気もするが一応尋ねる。
「というと?」
「いえ、先生、少々気むずかしい方なので学生を実験室に入れるのを嫌うのですよ。うちの研究室の学生さん以外は決して入ったことがないんじゃないかしら?」
やっぱりね。相変わらずのようだ。
「先生なら今は二階の実験室で実験中です。もしかしたら無菌室の中かも。無菌室に入ってたら、あなたを中にいれるわけにはいかないから、少し待っていただくことになるかもしれないけどそれでもいいかしら?」
「別に急ぎではないから、外で待ってます」
「そう。じゃあついてきて?」
 二階の実験室の扉を事務さんがノックする。返事がないが、かまわずドアを開く。返事が帰ってこないのは事務さんは最初からご存じのようだ。ノックは一応の建前らしい。
「息子さんをお連れしました」
 中に入って声をかける、がやはり返事がない。中を見渡すが誰もいない。部屋の内部には一部屋全体に大きな装置が一個おいてあり、もう一つ部屋があるのかドアがある。どうやらそれが無菌室らしい。無菌室とは、細菌の研究や、微細な物の開発などを行う際に、埃が入らないように徹底的に排除した部屋だ。宇宙服のような防護服を着て、エアーシャワーと呼ばれる強風を一度浴びてからその部屋に入る。
 事務さんが俺の肩を軽く叩いた後、入って右手の窓ガラスを指さした。無菌室の内部は研究室から見えるようになっている。中では何か細かい機械みたいなものをいじっている人影が見える。あいつだ
 事務さんは肩をすくめると振り返って
「やっぱり無菌室みたい。先生は研究に没頭していると一日中無菌室から一歩も出てこないときもあるのよ。もしかしたら待ってても無駄になるかもしれないけど・・・待ってる?」
「ええ。帰る時間になったら、待つのやめて帰ります」
「あたしも仕事あるから、一階に戻ってますね。もし何かあったら言ってください」
「どうもご親切にありがとうございます」
 事務さんはわらって軽くお辞儀をすると、俺をおいて部屋を出て行った。
 ふぅ。
 実験室を見渡す。沢山の装置やら部品やらが雑然と積み重ねられており椅子の置き場もないようだ。歩くのにはよっぽど注意が必要だ。誰か片づけるひとがいればいいのだろうけど、あいつは自分の物を他人がさわるのを徹底的に嫌う。両親が離婚する前にすんでいた家の書斎には鍵がかかっていて、息子の俺でさえ入ったことがない。ま、入ろうとなんか思わないけどな。
 なら
 俺はあいつの逆鱗に触れることになるかもしれない。あいつのテリトリーである研究室に勝手に入ったのだから。


 三十分経っても出てくる気配が全くない。それどころか、ガラス越しに顔を上げれば気付くだろう距離にいるにもかかわらず、ここに俺がいることに全く気がついていないようだ。
 いいかげんばかばかしくなってきた。ここまでしてあいつに会う価値がはたしてあるのだろうか?いや、会ってどうするというのだ。今更話すことは無いはず。「俺、来年この大学受験するからよろしく」とでもいっとくか?よろしくする気全くないのに。・・・なら帰ればいいじゃないか。そもそも本当にそうならここに来なきゃ良かったんだ。わからない。自分の中の、ここに来ようと思った動機の正体が見えない。気持ち悪い。なんとも釈然としない気持ちで一杯なのだが、もうここまで来た以上帰るわけにも行かない、という意味のないプライドもある。無為な時間をじっと耐えた。
 1時間くらいしただろうか?
 ドアがいきなりガっと開いた。そしてそれとともに怒鳴り声が聞こえた。
「おい!そこの貴様!!誰の許可を得てこの部屋にいる?ここは実験室で関係者以外立ち入り禁止だ!出て行け!」
 別に動揺はしない。こいつはそういう奴だ。
「あんたは相手の顔も確かめずにそんなことをいうんだな。きっとあの事務の人にも同じようにいうんだろう。気の毒なことだ」
「ん?」
そこで初めて俺が誰だか気がついたようだ。
「しん、か。おまえこんなところでなにをしている?」
心底不思議そうな顔をしている。もっと他にいうことがあるだろう?という言葉を飲み込む。普通の親だったら「久しぶり」とか「元気だったか」とか、もう少し気を遣った言葉をいうものだ。しかしそんな気の利いた言葉、こいつの語彙には存在しない。そんなのとうに諦めているからいいのだ。
「親父。俺ここで1時間以上待ってたんだぜ?いくら音を通さない無菌室にいるからって気付くだろう」
「研究室に人が入ってくることなんてそうそうない。気付けという方が酷だろう。ともかくいったん出てもらおうか」
 何よりも研究室に俺がいることが不快らしい。別に研究室に好きこのんでいるわけではない。親父のあとに続いて廊下に出た。
「あんた学生も実験室にいれないのか?」
「学生には学生用の実験室がある。わざわざ俺の研究室に入れることもあるまい」
 それが当然のことのように言い放つ。常識というものはこの人には通じない、ということがこの会話でわかるだろう。
「で、なんの用だ?蒔絵になんかあったか?」
 蒔絵は俺の母親の名前だ。俺がこいつに会いに来る理由にそんなことしか思いつかないらしい。
 胸ポケットからたばこのケースを取り出す。そして愛用のジッポをとりだすと、俺に気兼ねすることなく火をつけた。苦々しくたばこを見つめるが何も言わない。たばこは俺は嫌いだが、そんなこと、他人を気にかけないこいつに言っても無駄なこと分かっている。
「別に・・・急用だったらこんなに落ち着いてないよ」
 素っ気なく返す。
「ならなんだ?」
「俺、今年この大学を受験するんだ。今日オープンキャンパスだったのもしらないんだろ?」
オープンキャンパス?あぁ、学生のために研究室を開放するっていう・・・。なんで俺がそんなことを知ってなきゃいけないんだ?」
「もういいよ。ばかばかしい。」
 ため息をつく。こんな研究室にくる学生いるんだろうか?疑問だ。
「つまり大学を見に来たついでに俺を見に来たと。暇な奴だ」
 自分に理解できないことをするとすぐ『暇』な奴になってしまうらしい。
「大きなお世話だ」
 心底思う。こんなことをいわれにここにきたわけじゃないんだ。
「だいたい受験に来たって言ってるんだから、どの学部を受けるのかくらい聞けよ?」
 いらいらして親父に詰め寄る。
「・・・理学部だろ?」
 即答。即答だった。
 まさか俺の学部を一発であてるとは思っていなかった。いや、普通の父親だったらそうなのかもしれないが、他人に一切興味を持たない親父が俺の学部をあてたのは正直以外だった。
「どうして・・・」
「俺の息子だからな。他は考えられん」
 その言葉に、思わずムッときて怒鳴った。
「あんたどういうつもりだ?今更父親ぶるつもりか?」
 感情のこもった言葉だった。我慢していた物があふれたのかもしれない。
「騒々しい。なにいきりたってる。俺は父親ぶるつもりなんか毛頭無いよ。親権だって蒔絵に譲っただろう?」
「そりゃそうだけど。今俺の息子って」
「生物学的にいえばそうだろうが。いくら離婚したからって、おまえの中から俺の遺伝子をなくすことは出来ないよ」
「・・・クソ」
行き場のない憤りであった。あいつなりに筋を通している以上文句を言えない。
「まあ、用が無いなら帰れ」
「・・・来るんじゃなかった」
俺はイライラしてそう吐き捨てた。そして親父に背を向けると廊下を進んだ。
「フム」
親父は俺の後ろ姿を見送るとき、ふと気がついたように手を打った
「待て」
「あ?」
親父の言葉に足をとめる。でも振り返らない。
「いい物をみせてやろう」
「別に興味ないね」
「まあ、そういうな。さっきまで作ってた素子が完成したんだ。これで第三段階の実験が出来る。それを見せてやろうと思ってな」
 どうせ実験のことだろうと思ったよ。
 とはいったものの理学部を希望する身。研究に興味が無いわけではない。
「ま、まだ帰りまでには時間がある。見てから帰っても悪くはないかな」
「じゃあ、ついてこい」
 俺は親父のあとに無言でついていった。

 
 ・・・ここでついていかなければこんなことにならなかったんだ。


 そして。
 親父は無菌室で作っていた素子を大事そうに箱に入れて持ってくると、一室を占める巨大な機械の一部に設置した。パソコン制御の機械のようだ。ずっとスリープ状態だったWindowsを起動し機械制御用専用のプログラムを起動する。
 これは何の機械なんだ?
 と尋ねると、これを読んで勉強してこい、と一冊の本を手渡された。『時間と空間』という、どこかの哲学書かファンタジーのようなタイトルであった。どうやら一般人向けに書いた啓蒙書らしい。とはいえ相手のことを意識してこいつが本を書けるわけがない。きっと、難解すぎて本棚の隅っこにずっと置かれたまま忘れ去られるのだろう。
 説明を請うのを諦めて親父の作業をぼんやりと眺めていた。
 機械の電源を入れ、プログラムに初期値らしきものを入力、そして実行ボタンを押すとそれに応じて機械がうなり始めた。
「これがうまくいけば世紀の大発明になる」
と一言、口にするのが聞こえた。これが最後の記憶だ。
 このあといきなり先ほど作っていた素子の上についている何かの結晶がまたたきだした。何事かとあちこちを見回したそのとき、突如目の前が真っ白になるのを感じた。そして貧血のような感覚を感じた後、意識を失ったのだ。


 と、いうことは、だ。
 一息ついて、考えをまとめる。
 親父の作ったわけのわからん機械によってこんなわけわけらない事態に陥ってしまった、というわけだ。もしかしたら親父のポンコツが壊れていてクロロホルム系の薬物が漏れ出してそれを吸って気を失ったのかも。そして気を失っているうちに誰かに連れ去られてどこかの山奥に放り出された・・・って、ちょっと無理があるけどな。
 さっきまで京都にいたのに、この山の植生はどうみても日本のものではない。針葉樹の種類からしても、日本よりもだいぶ北に位置しているようだ。もし本当にロシアなりモンゴルなりカナダなりにいるとするなら俺はよっぽどのお間抜けさんだ。いくら交通事情がよくなったからって1時間やそこらでこんな海外に来られるわけがない。少なくとも4時間以上は意識が無かったということになる。京都から海外に出るためには、まず関西国際空港にでる必要がある。そこにいくだけでも2時間は最低かかる。そこからさらに国際線に乗って、韓国で1時間。ロシアの東部、ウラジオストクで2時間というところか。
 それにだ。
 なによりこんな人の手が入ったこともないような山奥に、俺はどうやって連れてこられたのだろう?意識無い俺を運ぶのに、どうやったって車かヘリコプターを使うしかない。しかし車が入れるようなところじゃないしヘリコプターからわざわざ俺をおろして去るみたいなことをする人がいるだろうか?どこも怪我をしてないからヘリコプターから投げ出されたわけでもないようだし。
 親父が俺をこんな僻地に連れてきたかったのか?という懸念が一瞬浮くが、それも自分で否定できた。そもそも俺が今日訪れるなんてことはあいつにとって青天の霹靂だったはずだ。そんな状況で俺をわざわざ海外に連れだそうなんていう手の込んだことをするはずがない。とすれば不慮の事故と考えるのが自然であろう。
 いずれにせよ、それについて考えてもこれ以上は無駄だ、ということは確かめられた。親父が今どこで何してるのかわからないけど、ともかく重要なのはこれから俺がどうするか、ということだ。
 さっき確認したように、遭難した場合は遭難場所を動かないのが鉄則だが今回はそれに当てはまらないといっていい。もし本当に未開の地に遭難したのなら、それなりの対処をしないと本当に死んでしまう。それにそろそろ日が暮れる。山の中ということは動物が出る可能性があるわけだ。動物よけの為にも火を焚かないと。それに都会で生まれ育った自分には、真っ暗闇の中で一晩過ごせるとはとても思わなかった。
 とりあえずポケットを探る。ライター・・・は無い。当然だ。俺はたばこがキライだからな。親父を連想する物は持たないんだ。ならマッチは?無い。それも当然だ。ポケットにマッチを常備している高校生が居たら会ってみたい。原始的に摩擦熱で火を熾すしかない。日が暮れたらなにもできなくなる。一刻を争う。火熾しの道具を作らねば。


 火を原始的に熾すには二つの方法がある。一つは火打ち石をこすり、発生した火花で点火する方法。そしてもう一つはもっとも原始的な方法である摩擦熱である。ざっと周りをみわたしてみるが火打ち石となるような石は見あたらない。森の床は腐葉土ばかりで石の路頭はみあたらない。ならば後者の方法で熾すしかない。
 少し丈夫な蔓と弓のように曲がった木の枝、それにまっすぐな枝。それにすこし腐りかけの乾燥した木、あとは枯れ草と薪を用意した。ボーイスカウトで習った火熾しの方法が正しければこれでいいはず。
 曲がった木の棒に少したるむくらいの蔓を張る。そしてまっすぐな枝に、鍵でくぼみをつけ、そこに蔓を引っかける。そしてたるんだ蔓が巻き付くように弓をまっすぐな枝の周りに巻き付ける。腐りかけの乾燥した木に、これまた鍵でくぼみをつくり、そこにポケットに入っていた糸くずを入れる。いい具合に乾燥していて着火しやすいと聞いたことがある。
 弓を両手で持つと下に一気に押した。垂直に押された力が巻き付いた蔓によりまっすぐな棒の回転力に変わり、乾燥した木のくぼみを激しくこする。一度下に押し切ると今度は勢いついて逆回転に蔓が巻き付く。そしてそれを繰り返すのだ。
 一分くらいすると少し焦げ臭くなる。さらに続けると煙が出てきた。ここでかるく息を吹き入れる。酸素を吹き入れたのだ。火の赤い色が見えた。そして先ほどの糸くずを入れる。燃え移った。
 あとは火が消えないように少しずつ大きな枝をいれていけば良い。たき火をするところは乾いた土が出てくるまで掘ってそこで焚くのがいい。ただし今回は土は乾いていたため、そこまで苦労することなくうまくいったが。もちろん火がうつらないように周りの枯れ木や枯れ草をよけることは忘れない。
 火を焚いて一息つく。
 ・・・疲れた。
 当然だ。俺は受験生で普段机に向かい合う以外のことはしていないのだ。そもそも日本人がこんなところでこんなことをしているのはおかしい。
 愚痴っぽくなっている自分に気がつく。気がつかないところでストレスがたまっているようだ。今日親父の言動にいちいち反抗していたのもそのせいもあったのかもしれない。
 空を見上げる。もう暗い。火を焚くぎりぎりの時間だったようだ。すぐに真っ暗になるだろう。そしたらもう動くわけにはいかない。今日はここで野宿だ。食べ物を探すことも飲み物を探すことも明日の仕事。今日は飯抜きだ。
 どこかで何かの遠吠えが聞こえる。オオカミだろうか?
 急に心細くなる。背中を守る物はなにもない。いや、あえていうならこの火だ。人以外は火をおそれる。この火がある限り基本的には大丈夫なはず。
「だ、大丈夫だよな?」
 誰にでも無くつぶやく。そうでもしないと恐怖が恐怖を呼ぶ悪循環に陥りそうだったからだ。
 さっきまでの元気はなんだったのか?簡単だ。現状が肌身で認識していなかったからこそ勢いで出来たのだ。なんだかんだいってまだ18歳。いくらもうすぐ大学生とはいえ、いきなり知らない世界に放り出されて不安がない人はいまい。
 色々な恐怖が頭に浮かぶのを必死で否定しようとした。頭を左右に振り、恐怖を振り払う。顔をぱんぱん、と叩く。今はおびえるときではない。これからどうすべきか考えるときだ。


 まずは現状を認識すべきだ。俺は今何を持っているのだろう?
 背中に背負っていたリュックサックをひっくり返し、中身を検分した。ノートパソコン。その付属品であるマウス、ACアダプタ。筆箱、単語帳、電子辞書、ノート。飲みかけのペットボトル。十七茶だ。まだ4/5残っている。手近に水が無い以上貴重な水だ。大事に飲まなければならない。お菓子は・・・ガムがある。貴重な糖分かとおもいきや、無糖ガムだ。残念。あとはコンビニの袋に大学の資料。それに・・・携帯の充電器。
 ・・・そうだ!なんで今まで気がつかなかったんだろう?
 あわてて俺は胸ポケットを探った。携帯電話だ。俺の携帯は国際電話がつながるはず。GPSとか使えればもしかしたら現在地だけでもわかるかもしれない。望むらくは電話が通じればいいけど。
 と、ふたを開ける。
 ま、予想はしてたけど。
 圏外。
 GPSもだめだ。使えないようだ。電池を無駄にしないよう電源を落とす。
 あとは鍵、小銭。お札もあるが、ここでは通用しないだろう。無論クレジットカードも同様。
 現代人は本当にこういう状況に投げ出されると弱いな。
 これからどうしよう?周りは真っ暗だけど、お先も真っ暗だよ。
 はあ。
 大きく溜息をつく。荷物は大体分かった。明日明るくなったら周りを歩いて回ろう。ここがどういう土地なのか。もしかしたら近所に人がいるかもしれない。今は明日のために体力を温存すべきだ。寝よう。
 普段はぐっすり寝ているはずの夜が、こんなに恐ろしいモノに感じたのは初めてだった。まるで永遠に続くように感じられるのであった。

 
 気力と体力と精神力がもてば続く・・・かも。