Zeit(仮題):第一章、第一幕
<プロローグ id:hoshimi_etoile:20080326#1206537699
>第一章、第二幕id:hoshimi_etoile:20080409#1207750473
第一章、第一幕
ぶすぶす、という音で目が覚めた。昨晩のたき火がくすぶる音だ。眠い目をこすり、朝露に身震いをする。そしてあたりを見渡す。
夢じゃなかったのか。
大きくのびをし、起き上がる。
どれくらい寝たのだろう?
空が白んでいる。山脈から太陽が顔を出している。朝五時くらいだろうか?
・・・いや。ここが日本で無い以上この地域の日の出が五時である保証はない。北緯が高い場合、日本に比べて夏は昼間が長く冬なら夜が長くなる。南緯の場合はこの逆だ。今は夏だからまだ実は三時くらいなのかもしれない。
あれ?
ここで思わず首をひねる。
もし夏なら葉っぱがこんなに落ちているのはおかしい。それにだいぶ長い時間寝た感触はある。じゃあここは南半球ってことか?
まあいい。誰かに聞けばここがどこなのか教えてくれるだろう。でも近所に人などいるのだろう?こんな人の手の入ったことのない様な未開の地に?
・・・ここが日本でないと仮定する。さらにかなりの田舎だったと仮定すると当然上下水道が発達しているとは考えにくい。生活に水は必要不可欠である以上集落は基本的に川沿いにあるのが基本だ。かくいう俺自身今まず必要なのは水だ。生き物は食べ物が無い以上に水が無いことにこたえるものらしい。最初のミッションは川を見つけることだ。そうである以上見渡しの良いところにいって地形を把握する必要がある。
よし
指針が決まった以上ここでぐずぐずしている理由もない。とりあえずすぐそこにある木に飛びついて木の上に上った。
・・・まさかこの年で木登りをすることになるなんて。思わず苦笑する。人生本当、いつ何がおきるかわからないな。
木のてっぺんで周りを見渡したが、周囲の木も同じくらいの高さであり残念ながら川を探すことは出来なかった。でも東側(太陽がでてきた方角だからであったためそう断定したのだが)に周囲に比べちょっと高めの山が存在するのが目に入った。あの山の上ならこのあたりの地形が分かるかもしれないな。
木を降りてリュックサックを背負う。そして東にある山を目指した。
東の山は登りやすかった。どうやら褶曲によりできた山であるらしい。路頭の地層が傾いていた。
運の良いことに、山のてっぺんは少し開けていて周りを見渡すことができた。どうやら北と東、そして南は山脈に囲まれているようだ。そして・・・西側は開けていた。そして川が西へと続いているのが見えた。どうやら北、東、南の山脈を水源としている川らしい。その川を下っていけばすぐに集落にぶつかるだろう。それになにより水に困らなくてすみそうだ。
川は小山の南側に東西に流れていた。三時間ほどあるいたところで見つけることが出来た。川を見つけた安心感からかペットボトルの水を飲み干してしまった。
思わず嬉しくなって水で顔を洗う。おもわず身震いしたくなるような冷たさだったが、その冷たさよりも嬉しさの方が勝っていた。
これで当面はなんとか生きていけそうだ。
そして川にはいつくばり直接水を飲む。清流の水がのどを潤す。飲み終えると今度は腹の虫が鳴いた。
・・・次は食い物の確保か。
川がある以上は魚がとれるということになる。であるなら釣りか網を張るかのどちらか、だが手持ちに網などない。釣りをするしかなかった。けど針がない。
リュックサックをひっくり返す。中身を土の上にぶちまけた。針の代わりになる金具を探すのだ。ノートパソコンや電子辞書は役に立ちそうもない。電気製品はこういうサバイバルな生活にはまったく役に立たない。他の物は・・・紙の資料も役に立ちそうにない。駄目か?
次に筆箱の中身を検分する。ボールペン・・・で魚を突き刺すとか無理だし・・・消しゴムは・・・お?
目に入ったのはホチキスだった。
これ、いけるんじゃね?
俺はホチキスを一回、がちゃんと握りしめた。なにも止めることなくむなしく落ちたホチキスの芯を見つめ、不敵に微笑む。脇にあった石にこすりつけ針の先端をとがらせる。そして川の脇に生い茂る低木にからみつく細くて丈夫な蔓の先に結びつけた。餌は低木の樹液にむさぼりついていた芋虫にした。ホチキスの針金を虫の中に仕込み、長い木の枝の先に蔓をたらし即席の釣り竿を作る。そして先端を川の中に放り込んだ。
そして待つこと三十分。
最初のあたりがきた。
はやる気持ちを抑え、しっかり食いついたところをつり上げた。
「うっしゃぁ!」
嬉しくて誰ともなく叫んでみる。・・・別におかしくなったわけではない。彼は一人の孤独から逃れるために気丈に振る舞っているだけなのだから。
その日は四匹の小魚を釣ることが出来た。釣り経験は友達について行った数回しかなかったため、その魚がなんなのかはついぞ分からなかったが、今この状況において重要なのはそれが食える物なのか、そうでないことかだけ。
昨日と同じ方法で火をおこし木の枝に魚を突き刺しあぶる。
魚は淡泊な味がした。手元に塩も醤油もないし、また海魚でないため塩分が少ないのだ。それは昨日のオープンキャンパスの時に食べた学食の昼食以来の食べ物だった。・・・美味しかった。こんなに美味しいと思ったのは初めてかもしれない。空腹は最高のスパイス、とはよくいったものである。
さて。満腹になったけど・・・どうしよう?
川を下っていけばきっとどこか集落にいけるとは思うんだけどすぐにたどりつけるかどうかはわからない。途中で動物に襲われるかもしれない。何か護身用の武器を作った方がいいかもしれないな。護身用というと、ナイフといった刃物や石器、弓があるけど・・・残念ながら刃物を常備するほど俺は物騒な人間ではない。万が一入ってたら色々楽だろうな、とリュックサックの中身を物色してみたが、やはりないようだ。弓・・・は弦を張るのが難しそうだ。それに矢を量産することってそう簡単にできるもんなのかな?やっぱり石器かなぁ。
・・・電子辞書とかの線を断線してちょっとしたスタンガンをつくるのとかどうだろう、なんて物騒なことも考えてみたけど、電子辞書をそんなことに使うのは忍びなかった。もうちょっと必要に迫られてからでも遅くはないかな。それよりもこう、近代的な武器ではなくて・・・もっと原始的な武器でいいものは無いかなぁ。
グル・・・
ふと下腹部が痛む。・・・まさかなにかに当たった?
急に痛み出したお腹を抱えて木陰にかけた。腹が下った。
「・・・食中毒?マジで?」
青ざめるもののなすすべもない。でも火であぶった魚で食中毒とは考えにくい。そういえば前に読んだ漫画*1で、魚をさす枝に毒があって何人もの人がキャンプで亡くなった・・・なんていう話をネタにしたのもあったのを思い出してさらに青ざめる。結局、腹痛のせいでなすすべもなく、その日は腹痛に悩まされて寝続けることになった。
次の日目覚めると思いの外目覚めはすっきりしていた。腹痛もすっかり治まっていた。どうやら毒に当たったわけではないらしい。
・・・じゃあ俺はなににあたったんだろう?
記憶を反芻する。
一昨日は森で火を焚いて寝た。昨日は山で川をみつけて川の水を飲んで、魚をとって食ったところで腹痛に襲われた。腹痛のタイムラグから逆算すると・・・
水か。
水に当たる。
これは東洋人が欧州で生水を飲むとよく起きる現象である。
「・・・硬水か」
硬水。硬水(こうすい)は、硬度の高い水。カルシウムイオンやマグネシウムイオンが多量に含まれている。アメリカやヨーロッパの水に多い。逆のものは軟水という。語源については、欧米の hard water がそのまま和訳されたというもの、物を硬くする成分を含んでいるため硬水といわれる(『豆を煮ると豆が固くなる水』、『絹を精錬するとき絹が固くなる水』)というものがある。(参考: Wikipedia。)一方、日本の水は軟水と呼ばれている。カルシウムやマグネシウムのイオン含有量が少ない。そのため、硬水に対する耐性がほとんど無い。東洋人は旅行先で知らずに硬水を飲んで腹を下す。そういうわけである。
とすると川の水は飲めないことになる。
川を見つけて楽観視し、ペットボトルに残っていた烏龍茶を暴飲した自分に吐き気がした。俺はなんてアホなんだ。
大きく溜息をつく。
・・・さてどうする?反省ばかりしていても先にはすすめない。水の確保に失敗した以上はやく人里を探した方が良さそうだけど。
昨日とった魚の残りを頬張ると俺は川を下っていくことにした。武器も水も必要だけどまずは人里に出ることを優先したほうがいい気がする。それに考えれば、また解決案がでるかもしれない。
半日ほど川に沿って下っていく。
武器かぁ。槍か石斧かなんかつくるかなぁ。でも熊とかに襲われてそんな武器で戦えるとはとうてい思えないし・・・飛び道具がいいなぁ。近距離で戦うほど俺がたい良くないし。
ひ弱な腕を見る。自分の腕がこんなに憎らしいのは初めてだ。俺は頭脳系だから・・・とか言い訳してきたツケかな。
でも飛び道具というと弓矢か銃か。・・・そんなもん作れるか!一人ツッコミ、むなしい。
・・・あー、俺何やってるんだろ。本当なら受験勉強やらなきゃいけないのに。もうこっちにきて三日になるんだろうな。お袋心配してるだろうな。本当だったら昨日中に東京に帰る予定だったんだから。それで俺の部屋に入って家出の書き置きがないか探すんだ。あっちこっち漁ってベッドの下のエロ本を見つけられたりとか。それで「男の子なのね・・・」なんていってそっと戻しつつ散乱した漫画を片付けてくれたり。漫画か。そういやPlutoの新刊買ってねぇな。・・・俺も天馬やキートンのように知的であればこういうサバイバルな状況に強かったろうに・・・
そういや浦沢直樹の『マスターキートン』でキートンが投石は中距離戦闘において時には銃よりも有効なんてこと言ってたな。
投石器か。それなら作れるかもしれない。
投石器とは、革製のひもの真ん中に石をひっかけ、両端を手に持ち対象に向かって大きく振りかぶる。すると革紐の真ん中にあった石のみがひもから放れて対象にぶつかる、という武器だ。遠心力をフルに使うその武器はイスラエルのダビデの像に見られるように古代から使われている武器である。古代のシュメール人やアッシリア人が狩猟や戦争で使っていたが、そんなことはしんは知るすべもない。ただその形状が頭の片隅に残っていたに過ぎない。
周りを見渡す。気がつくとさっきまで森の中を流れていた川の川幅は広がっていた。川辺は浸食を受けて丸みを帯びた石が広がっている。投石器に必要な革紐は・・・ないからさっきみたいに弦ヒモで作ってみるか。
しかし実際に作ってみると実用にはほど遠い。細くて切れたり、また薄く広い形状でないと使いにくくて仕方ない。駄目か・・・やっぱり皮を使うしかないか・・・。身にまとっているものをもう一度検分してみる。皮でできてるものといえば・・・リュックサックの肩掛けの部分と、あとは靴の一部、それにベルト。ベルトか!
腰を閉めていたベルトを外す。焦げ茶色の幅広い合皮のベルトだ。両端を引っ張る。なかなかの弾力。自然と笑みがこぼれる。河原に帯びた玉石をベルトの真ん中にセットしてみる。そして振り回してみる。ぐるぐると玉石に遠心力をかける。玉石の遠心力が皮にかかり張力が手に伝わる。大きく振りかぶり川の対岸にある木に思いっきり投げてみた。・・・当てようと思った木からは大きくそれたが二本隣の木に当たった。当たったところの表皮が落ちる。いける。
なんか楽しくなってきた。
周りの玉石を次々拾っては投げつけてみる。最初は分からなかった感覚がだんだん分かってきた。だんだん命中率があがっていく。これなら威力はともかくとして脅しとして十分だ。
革ベルトを片手にさらに川を下る。
さて。武器はできた。あとは水だけど・・・のど乾いた。
「あー、のど乾いた。ちきしょう」
腹下してもいいから水を飲みたい。
我慢できずまた水を飲む。が、また腹を下すと思うと大量に飲む気がしない。どうしたものか。うーん。
「水〜・・・うぅ」
川の水が硬水、ということは泉だろうが滝だろうが全て飲むことが出来ないことになる。雨水をかき集めるしかない。でもそんな気長なことはできない。雨水を集める・・・のは無理だけど蒸留すればいいんじゃないか?加熱して水蒸気を液化すれば、その水には鉱物が含まれないことになる。熱効率はめちゃくちゃ悪いけどこれで飲める水が作れるなら仕方ないかな。
思い立ったが吉日。
しかし、だ。
「水の加熱ってどうするんだ?」
鉄鍋やガラスのビーカーなどがあるわけではない。ペットボトルを加熱するのは嫌だなぁ。土を練って陶器を作るわけにはいかないし。
と、ここで再びマスターキートンを思い出す。
砂漠のど真ん中に置き去りにされる物語だ。砂漠のど真ん中に泉などあるわけではない。キートンはズボンの内側のビニールを焼け石で溶かしてつなげ広めのビニール膜を作る。そして近くに尿をし、それを液化して再回収するのだ。
・・・じゃあ俺は?
ここは砂漠じゃないから太陽の熱で蒸発させることはできない。さて、どうするかなぁ。川に転がる岩の上を渡り歩きながら頭を悩ませる。ふと岩の上にたまった水が目に入る。・・・あれ?
岩のくぼみにたまった水のくぼみの所に白っぽいものが沈殿しているのが目に入る。ちょうど水の際のとことで岩の色が変わっているのだ。どういうことだろう?
もしかして。
「硬水の鉱物が時間が経って沈殿したのか?」
どんな化学反応がおこっているのか分からないけど時間を経て反応が進行するなら加熱することで反応速度は加速されるだろう。
俺はペットボトルに水を溜め、一方でたき火を焚いた。そしてそこに石を放り込み焼く。700度を超える石を木の枝で挟んで、先ほどの水をためた石のくぼみに突っ込んだ。高温の石は水に触れると急に冷えて湯気をだす。一方水は急に加熱され、沸騰した。二・三個放り込んでしばらくすると徐々に沈殿が出来たのだ。
余談だがこの反応は以下のような物である。硬水とは、地下水でいる時間が長いがために、鉱物が軟水に比べ多量に溶出したものである。硬水には二種類あり、一時硬水と永久硬水がある。前者は石灰岩地形でつくられるものであり炭酸水素カルシウムが溶けている。後者はカルシウムやマグネシウムの硫酸塩や塩化物が溶けた物であった。炭酸水素カルシウムCa(HCO3)2は煮沸すると炭酸水素カルシウムを沈降することができる。Ca(HCO3)2→CaCO3+H2O+CO2という反応を起こすのだ。炭酸カルシウムが酸により溶解し、再凝結したものが鍾乳洞であることはよく知られている。しんのいる土地は石灰岩地形であったため、川は一時硬水だったのだ。
炭酸カルシウムを沈降させ上澄みをペットボトルに回収する。二つめの問題が解決した。
「結構俺、サバイバル向いてるんじゃね?」
少しずつサバイバルに慣れていく自分がいた。
釣り竿で魚をとったり、野生のウサギを投石で狩ったり、野生のコケモモの実を採集したり、ちゃくちゃくとサバイバル能力をつけていった。今までの教育のように、教えられるのみ、受け身の学習と違い、自分の創意工夫で課題をクリアしていく面白さを満喫していたのだ。
そんな日々に変化が生じたのは五日目の昼のことだった。
前日に釣った魚にコケモモ・クランベリーの実を食べ、再び川を下っていた。
あれ?今人の声が聞こえなかったか?
声のする方向に目を凝らす。あれは・・・
女の子?
金髪をなびかせて必死に何かから逃げているようだ。顔は・・・遠くて見えない。ベージュのすすけた色の服を身にまとっていてお世辞にもまっとうな洋服には見えない。一方彼女を追いかけているのは二人組の男のようだ。二人ともヒゲを蓄えており一人はポッチャリ、一人はノッポとどこかの赤と緑の兄弟にそっくりだ。別に赤い服と緑色の服を着ているわけではないのだけど。
「おいおいおい・・・久々に見た人影だってのに」
逃げるか?
・・・でも今逃げたら次に人に会えるのはいつになるだろう?それにそしたら終われている子はどうなる?二人組の兄弟に犯される少女の嫌な情景が頭に浮かぶ。そしてそんな妄想を振り払う。
そんなのいやだ。助けたい。
相手が何を持っているか分からないけど、銃じゃなければ投石器で戦えるんじゃないのか?それにキートン曰く風上からの投石は風下からの銃よりも有効だという。果たして本当か怪しいものだが今は四の五の言えない状況だ。
俺は足下の玉石を拾い上げると石をセットする。そして岩陰に隠れながら投石の射程範囲に近づく。30メートルまで近づいたところでいきなり身を翻しストーカーの二人に石を投げつけた。
俺の投石はノッポの方の顔の左側を通過した。ストーカーは足をとめ、俺をみた。さて。ここまできちゃった以上やるしかない。
と。
おいおい・・・ありゃなんだよ?
男二人はそれぞれ腕を前に突き出す。それはよい。なんとその腕の先から真っ赤な火炎球が生じているではないか。
どういう技術だよ?というかどこのマ●オだよ?
なんて冗談いってる場合じゃない。その火炎球が目の前に迫っていた。あわてて身を岩陰にかくす。火炎球が岩に衝突し岩を焦がした。
なんの!
ポケットに玉石を沢山突っ込むと次々に投げた。
と、そこで不思議なことが起こる。突如突風が吹き始めた。火炎の勢いが衰える。何が起こったのだかよくわからないが、これぞとばかり玉石を投げ続ける。その一つが強風にのってポッチャリの肩を強くうつ。肩を抱えるのが見える。
ノッポが何事か吐き捨てるとポッチャリに肩を貸して帰って行くのが見えた。
は…はは…なんなんだよ?今の?
緊張が緩んだのか足が急に力が萎える。座り込みそうになるのを必死にこらえる。さっきのあれなんだよ?火炎球?…大槻教授なら「あれはプラズマです」で終わりに違いない。でも、そういうときは肯定派、反対派両方から意見を得ないと確実なことは言えないな…ってこんなときに俺は何を考えてるんだ。余計なことを考えた自分を鑑みて、冷静さを取り戻した。
丁度その時少女の姿が目に映った。彼女に近づきにっこり微笑んだ、いや、近づこうとした。
だがその時、金切り声にも似た彼女の声がこだました。
"Frieren Sie!"
きちんと意味を理解できたのか、友好的な響きに聞こえなかったのか、それとも、彼女の姿勢がさっきの男たちのように手を前に突き出した構えを見たからか、俺はその場に立ち止まった。そして、おそるおそる手を挙げた。とりあえず、これがとっさにドイツ語に違いないと判断できた俺を褒めてやりたい。
「い、いっひ かん にひと しゅぷれっひぇん どいち!」
高校で遊びで勉強していたドイツ語がこんな所で役に立つとは思わなかった。発音とかは怪しいけど。それに言ってから気がついたけどSprechenとDeutschの順番が逆だ。
"I speak English a little."
ドイツ語に比べればまだましな英語で話しかける。これで通じなかったらどうしよう?
"Freeze!"
彼女は英語で言い直した。どうやら「止まれ!」と言っているらしい。
"I won't harm you. Calm down!"(傷つけるつもりはないんだ。落ち着いてくれよ!)
出来る限り優しく彼女に語りかける。文字通り傷つけるつもりはない。
"Who are you! Why did you help me?"(あんた誰よ!なんであたしを助けたの?)
"Isn't it natural for you to help suffered people?"(襲われている人を助けるのって人として当然だろ?)
"No. No! No!!"
彼女のNoという声は山にこだました。彼女の身に一体なにがあったのだろう?何が彼女にそこまで人を信じなくさせたのだろう?ってまああんなストーカーに追われたのなら当然かもしれないけど。
なすすべもない。緊張した空気が二人の間を流れる。とそこで間の抜ける一言が彼女の口から漏れる。
"Hungry..."(お腹空いた)
ふっと力が抜けるとその場に倒れ込んだ。あわてて彼女の元に駆け寄る。そしてペットボトルの水を少女の口に流し込む。落ち着いたのか寝息をたてる少女。
少女を川端に寝かせるとたき火の準備をした。女の子を残して一人で先に行くほど無情な人間ではない。というよりも話し相手が心から欲しい状況だったのだ。
・・・さて
やっと口のきける人間に出会うことが出来た。聞きたいことはいくらでもある。ここはどこなんだろう?さっき彼女は最初、ドイツ語をしゃべっていた。ということはドイツ語圏内ということだろうか?それに・・・
まじまじと彼女の服を見る。木綿の粗末な服だ。埃にすすけている。足は裸足。ぼさぼさの髪。なのに・・・彼女の顔は目を見張るほどの美人だった。アクアマリンの瞳。ブロンズのグラデーションの髪。シルクのような繊細そうな白い素肌。それでいてすこし未熟な体。このアンバランスさはなんなんだろう?一体彼女は何者だろう?
聞きたいことは沢山あるが、今はゆっくりと寝かせてやりたかった。そして彼女が目を覚ますのをゆっくり待つことにした。
#愛と勇気と希望があれば続き書きます。
*1:そんな奴ァいねぇ