第198回、はっぴー☆ちゃんねる:やればできる子


「おは☆はっぴ〜♪」
「第198回、はっぴー☆ちゃんねる!ナビゲータのしんに」
「アシスタントのえてぃ、るなでお送りいたします♪」



「やればできる子なんだから!」



しんは無い胸を張ってそう言った。(あっても困る。)ここは、大学院入試が無事おわり第一志望に受かったしんの祝賀会の場である。受かった本人から一言、ということでのこの一声であるが正直この発言残念なことこの上ない。
「おめでとう!」
「まあともかくおめでとうなのですよ」
とえてぃとるな。しんのかわりっぷりは今に始まったことではないので特に動じない。『はっぴー☆ちゃんねる』も気づけばもうすぐ二周年。人間慣れるものである。そしてこの『はっぴー☆ちゃんねる』を見続けている(?)人もそうあることを願ってやまない。(本音)
「でも『やればできる子』ってよくいうけれど反実仮想的にみてみると『やらないからできない子』よね」
食べ物を自分の皿に移しながら、しんの発言に食いつくえてぃ。
「まあ実際やってもできないパターンはあるけれど、総合的にみるとやらないからできないパターンの方が多いかもな。俺からすると、世の中の人、潜在的に『やればできる子』は多いんじゃないかと思う。実際、俺浪人してるけれど大学落ちた年はそんなに勉強しなかったし、受かった年はそれなりに勉強したしね。今年も割と勉強したと思うし。やらないとしは落ちる。やった年は受かる。真理だね」
しみじみとしん。


「大学院の入試対策はどんなことしたですか?」
るなは身を乗り出してしんに訊ねた。来年は自分の番なので興味があるのも当然だろう。
「あ、それ気になるかも。大学入試の場合は国語とか英語とか色々あるだろうけど院入試は違うのでしょ?あたしの知らない世界ね」
とえてぃ。
「んー。春頃からかな。院試を意識し始めたのは。春休みに、なにか一つ得意科目を作ろうと思ってジャクソン読む自主ゼミ始めたんだ」
「先輩、春にJacksonがんばって読んでましたもんね」
「なに?そのジャクソンって?」
電磁気学のマスターピースと呼ばれる教科書なのですよ。ちなみに物理の世界ではよくあることなのですが、教科書のタイトルがどれもこれも『電磁気学』だとか『統計力学』だとか『量子力学』だとか同じで一見区別がつかないので著者の名前でいうことが多いのですよ。それでその『電磁気学』はだいぶ分厚くて内容も重いことで定評があるのですよ。先輩原書で読んでましたよね」
と隣のしんを振り返る。
「うん。一度日本語版買ったんだけど、間違えて第二版を買っちゃってそしたら単位系がSIじゃなくてCGS単位系で読み替えが面倒になって原書買い直したんだ(日本語版だと上下あわせて12000円、英語版だと1巻で6000円)」
「なんかよくわからないけれどあんたが馬鹿して原書で読まざるをえなくなったことだけはわかったわ」
「それを自主ゼミで毎週やるんだけど50ページ近く進むんだ。前日毎日徹夜で泣きそうになりながらやってたよ」


「それで?」
続きを促すえてぃ。
「一通り終わった後、熱統計力学の問題を解く自主ゼミに参加しようと思ったんだけど」
「うん」
「途中で色々あって、ストレスで嘔吐して断念…。あ、食事中にすみません」
「そ、それは壮絶なのです…」
「食中毒じゃなくて?」
「その可能性もなくはないけど」
「壮絶じゃないのです…」
「それはそれでどうなのかしら」
と、ため息。


「それから、俺、物理このまま一生するのかなーとか陰鬱な季節を六月から七月に過ごしました」
「たしかにあの頃のあんた病んでたわね」
「そしてあの動画*1を撮影して投稿した訳です」
「病んで作った訳?」
「いや、単純に作りたかっただけで投稿とその時期が偶然かぶっただけなんだけど」
「ふーん」
ぽんと手をうつ、るな。
「あ、そういえばその頃ですよね。先輩物理やめて情報学科行くかもとか言ってましたでしたよね???あれ、どうなったですか?」
そんな時期もあったんですよ。
「願書の日付間違えて受けられなかったw」
「ちょw」
かわいそうな物をみるようにしんを見る、えてぃ。
「あらあら…まああれですよ。神様が先輩に『物理から逃げるでない!!!』って叱咤したに違いないのですよ」
とフォローするるな。


「うん。まあそういうこともあって、仕方ないから腹をくくって物理に専念したのが七月後半。院試過去問ゼミが始まってまたそれが大変でした。一週間に一年分(10時間分)すすむから準備も大変。そして、当然時間内に解き終われない訳でほかのもとくと普通に倍かかる。で、そのゼミは交代で発表するわけですよ。で、どの問題が発表の担当になるかは当日公平をきしてじゃんけんで決めると」
「じゃんけんですかwwww」
「うん。だから予習段階でわからない問題があると泣きそうだよね。発表までずーっとそれ考え続けるみたいな状態だったし。一回で半分(5時間分)発表することになってたからいつも1時半から8時過ぎまで6時間半ぶっ通しでやってた感じ。よくやってたと思うよ」
「うへー」
「それはホントおつかれさま」
「いつも泣きそうだったよ。まあ、メンバーのほとんどが同じ状況だったろうけどね…いやー、しんどかった。最後の一週間なんかはだいぶきてて、変な夢いくつかみたよ。一つは受験勉強として国語を勉強してたら教授に『物理しなさい!』って怒られる夢」
「…なにそのわけわからない夢。物理から逃げたかったのかしらね?」
夢は記憶を整理するときに脳が見せる映像というし。
「そしてもう一つが夢の中でボーズ・アインシュタイン凝縮の転移温度を計算する夢。なんか、『BEC状態になるときは化学ポテンシャルが0で〜うんぬんかんぬん〜、よし、出た!』ってところで飛び起きたw」
「なんという夢落ち…」
「末期症状ね。まあそんな状態まで持ってきて当日に至る、ってことなのね」
「うん」


しん、ふう、と一息。
「入試当日の話はまた色々あるんだけどその話はまた機会があったらで」
「そうね。そろそろいい時間だし。」
「そういえば面接の話とかあまりちゃんときいてないのです。るな、来年入試なのでききたいのですよー」
「だね、いつかするさ。きっと。多分」
「自信が単調減少なのです。」
ふと手をあげて店員を呼ぶしん。
「あ、ビールもう一杯」
注文を手早くするしん。割り箸でビール瓶のふたを開ける店員。
「禁酒は解禁なの?」
えてぃはしんに注ぎながら訊ねる。
「うん。入試前はノンアルコールビールで我慢してきたからなー。おかげでノンアルコールビールの銘柄には詳しくなったよ」
「なんか真摯な光景なのか哀れな光景なのかわからないわねそれ。まあ、羽目を外してあまりのみすぎないようにするのよ」
「うい。…ぷはー!!!んー。五臓六腑に染み渡るってやつだね!」
「おやじくさ」
「おやじくさいのです」