りがくぶ!?〜はいすくーる☆でいず〜前編

後編:id:hoshimi_etoile:20091225

 季節の変わり目を何をもって定義するかは人それぞれであり、絶対的な変わり目を気温といった明確なものをもってして定義することはあまり意味はなく、あくまで各個人個人の感覚によるものであるとは思うが、わたしの場合は紅葉していた木が丸裸になってしまったのを確認したときがそれである。もちろんすべての木が裸になって初めて冬である、と断定するわけではない。ただ「ああ、紅葉してたと思ったのにいつのまにか冬になったんだな」と思わせる木がそこにあればそれでよいのだ。他の人の基準はどうあれ、これがわたしの基準である。
 じゃあ、なんでわたしはこんなに木の様子の移り変わりに敏感なのかというと、それはクラスの席が窓際で授業中自然と視線が屋外に向くからである。講義をしている教師に頭を軽く叩かれたりなんてこともたまにあるが、無意識のうちに向いてしまうのだから仕方がない。今日も例外なく意識は屋外へと向いていた。
「先生」
 唐突な声に俺の意識は校舎の外の枯れ木から教室内へと戻される。
「どうしてTayler展開しないんですか?」
 身長は低く、ツインテール、まな板な胸をはって少女は立ち上がった。…またこのこか。


 伊吹マナ。
 天才と変態は紙一重という言葉をまさに具現化したような少女である。よくアニメや漫画といった劇作に登場する天才は自分の世界にひきこもっていたり、コミュニケーション能力に欠けていたりといった描かれ方をする場合が多いが、彼女の場合は至って普通だ。友達も多いし、話せば楽しい子である。ならば彼女のどこが変態なのか?と聞きたくなるのが自然であろう。彼女は一切妥協を許さない。中途半端な論理や短絡が許せないのだ。
「だってx>0でf(x)=e^xがg(x)=1/2 x^2+x+1以上なこと示すのなんてTayler展開したら一発じゃないですか、わざわざ微分して増減表書いて…なんてことするのはナンセンスですよ」
 こう宣うと、おもむろに立ち上がって教師の持つチョークを取り上げた。そしてTayler展開を証明し始めるのである。
「ああ、今日の授業は終わりね」
 小さくつぶやくとことのなりゆきを見守る。教室内をぐるりと見渡すとクラスメイトも同様の出で立ちだ。このようなパターンは今に始まったことではない。つい先日も似たような状況に陥った上でロピタルの定理を証明し、その日の授業が進むことなく終わったばかりである。教師も涙目だ。彼女は決して間違ったこと入っていないし諭すこともできない。だからといって勉強して彼女を超えられるかというとそれも無理である。簡単な数学の問題であるが、初期値が上で速度が自分よりも常に大きいものに追いつくことができるだろうか?当然否である。彼女は天才であることに甘えない。だからこそ面倒くさい。
 よく天才というと万能なイメージがある人が多いが、多くのそれは天才でなく秀才である。天才と秀才の違いは何か?それは努力せずとも他人を超える能力を持ったか、努力してはじめて他人を超える能力を持ったか、という違いである。天才が努力しないと言っているわけではない。初期条件が異なるのだ。マナの場合は間違いなく前者だ。最初にいった通り彼女は「秀才」ではなく「天才」なのだ。つまり万能からはかけ離れているのだ。彼女の国語力はひどい。先日は国語を担当している教師が生徒の前であることにも屈せずに、彼女の前に土下座して「お願いだから国語を勉強してくれ!」と嘆願するほどにひどいのである。…いや、あれにはびっくりした。自分の興味がないことには一切手をだすことはない。両極端なのだ。
 そんな彼女に何故か興味を持たれ行動を共にするようになってしまった私である。もちろんわたしとしてもそれは嬉しいことなのだけれど、普通をむねとしてこれまで過ごしてきたつもりである。「あたし、パンピーよね?」あるとき級友に訊ねたところ、彼女は苦笑いを浮かべ「胸に手を当てて考えてみれば?」なんて言ってきた。どうも私の基準値が壊れてしまったらしい。いや、わたしは普通。探せばたくさん普通なところがあるはず…なんて、自分の価値基準を肯定する根拠を模索していたら気がついたら授業は終了していた。
 マナの満足そうな表情を見ると教師を完敗させることに成功したようである。数学の担当教諭は肩をがっくり落として教室を出ていくところだった。


「ほしみーん!!!」
 子犬のように嬉しそうに駆け寄ってくるマナ。別に今日に限った話ではない。彼女はいつもこんな感じだ。
「ごはん食べよ?ね?ね?」
 そしてわたしの腕に自分の腕をからめると屋上へと引っ張っていくのだ。私は空いた片手で高校指定のカバンの中から薄いベージュのお弁当袋を取り出すと、なすがままに引っ張られていった。
 扉をあけると校舎内外の気圧差で一気に風が吹き込んだ。冬も間近で校舎の窓のほとんどが締め切られていたからであろう。風が若干冷たいがまだ我慢出来ないほどではない。わたしは彼女とともに過ごす昼食のひとときが嫌いではなかった。腰を端の段差におろした。
「マナ…あんた今日の朝ごはんは?」
「チョコレート!」
自信満々に答えるマナ。彼女は好きなときに起床し好きなときに就寝するために両親との生活リズムが全く合わない。そのため食事は基本全部自分で行っている。が、基本的に私生活に大雑把な彼女は満足な食事を作ろうということをする気にならないようなのだ。
「朝一番はやっぱりこれでしょ!!!血糖値を上げると頭の回転よくなるのよ?知ってた?」
 血糖値を急激にあげると糖尿病になりやすいんですよ?知ってた?なんてやりとりはすでに何度も彼女に言い聞かせている。けれどもいっこうに聞いてくれない。
「あんたいい加減にしないと体壊すわよ?…で、昼ごはんは?」
「ほら!これ!!!」
 おもむろに鞄から大量の赤い小袋を取り出した。…キット●ットである。相変わらず進歩がない。だから。
「わかってるわよ、ほら」
 わたしは彼女に自分のお弁当を分けるのだ。この子とずっと生活していると本当に心配になってくる。チョコレートばかりでたまにまずいと思うときがあるらしく、そんなときもせいぜいコンビニ弁当がやっとというところだ。「癌で死ぬんじゃないかな?」みたいなことを冗談でいうが正直笑えない。往々にして数学者は短命という。
 ガロアという高名な数学者がいる。彼は数学者として10代のうちにガロア理論の構成要素である体論や群論の先見的な研究を行った。彼はガロア理論を用い、ニールス・アーベルによる「五次以上の方程式には一般的な代数的解の公式がない」という定理の証明を大幅に簡略化し、また、より一般にどんな場合に与えられた方程式が代数的な解の表示を持つかについての特徴付けを与えた。群論や環論といった代数学の基礎に大きく貢献した彼は波乱万丈な人生を送っている。つまらない女をめぐって決闘し殺さえれたのだ。それが21歳。
 ガロアの人生の話はおいておいて、さすがにマナが21の短命で死ぬとは思わないがそれでも傍目から見ていてとても心配にさせる子であることには間違いない。わたしの責務は彼女を少しでも長生きさせてあげることかもしれない、なんて思ってなくもなかったりする。
 ベージュのつつみを開くと明らかに女子ひとりが食べる量には多いお弁当箱が顔を出す。そしてその一つを嬉しそうにひったくるのであった。
「にしてもマナ、あんた先生やりすぎじゃない?この前の件にしても今日のTayler展開にしても」
「やりすぎ?どこが?先生がわかっていなさそうだから教えてあげたにすぎないんだけれど」
心底不思議そうだ。一概には言えないが自然科学に邁進する人間の多くは空気が読めない。一度自分の世界に入り込むと周りのことがどうでも良くなるのだ。わたし自身も理系、特に理学を志しているのでたまに自問自答はするものの、無意識のうちにKY力を発揮しているのかもしれない。ただ、わたしの目からしても彼女の空気の読まなさは明らかである。
「うちのクラスだけ、授業進度がだいぶ遅れているみたいよ?」
「なら、質問されて遅れるような授業は教師の予習不足ってことでしょ?」
容赦ない。どうして数学系の子はこんなにSっ気が強いのだろう?
「簡単な話だって。数学者の責務はある定理を証明することで、その証明についてあら探しをしてつぶしあうのが仕事だから自然とSが集まるってわけ」
つまり自分がSであることを自ら認めたわけだ。
「あ、あたしはSじゃないから」
そこまで言っておいて何を言う。
「あたしの領域に踏み込んでこない限りはね」
つまり数学はマナのテリトリーだからテリトリーに入ってきたモノは容赦なく牙を向く、そういうわけらしい。確かに物理や化学といった他の科目(もちろん他の科目も十分できるのだが)についてはそこまで牙をむくのを見たことがない。わたし自身もマナとは数学について浅はかに議論するのは避ける傾向にある。